◇◇巻頭言◇◇

百人一首と生命の情報

柏木 浩

情報工学部生物化学システム工学科


昔から百人一首には謎があるといわれてきた.百人一首はご存知の通り有名な歌詠みの歌を藤原定家が一首ずつ選んだものである.新古今集の主な選者であり,その歌の芸術性は古今随一といわれ,能の世阿彌や茶の利休に大いに影響を与えている定家にしては,選ばれたものに駄作が多いというのである.選択の基準というか理念というかそれが不可解なのである.

和歌の世界では数百年来のこの謎が最近解かれたのである.(林 直道 著「百人一首の秘密」,「百人一首の世界」青木書店).林氏によると百人一首は 10 X 10 の二次元配列になっている.ひとつの歌と上下左右の歌とはそれぞれの間の共通語によって結合している.ここの歌に読み込まれている山とか川とか花などの言葉のイメージを 10 X 10 のキャンパスの上にマッピングすると,ひとつの山紫水明が浮かび上がってくる.100個のディスプレイによるマルチヴィジョンのようなものである.この絵は後鳥羽上皇の水無瀬離宮のあった京都の南,山崎の辺りを克明に描いたものである.後鳥羽上皇は和歌の名手であり,新古今集のオーナーでもあり,鎌倉幕府に対して承久の乱をおこして隠岐に流され,そこで憤りつつ亡くなった方である.水無瀬離宮は新古今歌壇の記念の場所であり,それを描く百人一首はこの上皇に対する定家の讃歌であり,鎮魂歌であるという.

このような形の情報のあり方は生命についてもよく見られるものである.神経はシナプス結合により二次元もしくは三次元のネットワークをつくり,その上にイメージ記憶を展開してるといわれている.ポップフィールド型のニュートラルネットワーク上のセールスマン問題の解もこのような形態のひとつである.DNAは核酸塩基対の一次元配列の上に生命の設計図を蓄えている.百人一首の上にも,人工的なコンピュータの中でも,生命にも情報の共通した形式があるということが情報学の醍醐味なのである.このような観点からみるとき,情報工学部の中に生化システム教室を設けたことは学部設計の傑作なのである.情報という概念はもともと生命と深く関わっている.情報学の研究は生命を対象とするブランチを入れて初めて生き生きとしたものになってくるのである.

生命情報を研究するための生化システム教室の計算機も稼働を始めた.情報科学センターや先発学科の先生方の協力のおかげもあって,4月11日に披露会を開くところまでこぎつけた.これで情報工学部の全学科のコンピュータシステムがそろったことになる.百人一首は百枚の画面からなるマルチヴィジョンである.生化の教育用コンピュータシステムも生命情報の研究者を育成するために,一次元ではあるがマルチヴィジョンができるように設計されている.クボタコンピュータのグラフィクスーパーワークステーションTITAN750(1600万色)を中心に,MIPS3230(256色)4台,Xステーション17(256色)20台の計25台からなるリング状に配列したカラーマルチヴィジョンである.この他に128MFLOPSのCPUサーバー,顕微鏡入力の画像処理システムも用意されている.これらの計算機システム,いま計画中の情報科学センターの新しい教育システムによって未来の情報研究者,技術者が大きく育つことを願ってやまない.


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九州工業大学情報科学センター